2012年5月9日水曜日

欧米を読む基礎知識


 

  

レ・ファニュは、『カーミラ』、『緑茶』などでホラー作家として知られていますが、今日のそれとは全く違います。彼は、センセーション・フィクションの第一人者として、読者に戦慄を与える素材として怪奇現象を利用していただけで、本作品のように、生身の人間が引き起こす恐怖を描く、いわばサスペンス物も得意でした。また晩年にはかなりミステリーっぽい作品も書いています。

   本作品は、ポーの『モルグ街の殺人』の後に書かれているためか、密室殺人まで登場し、かなりミステリーに近い線を行っています。ただ、その解明が物語の展開自体によってなされ、主題は生命の危機からいかに逃げ出すかにあるため、ミステリーではなくサスペンスなのです。

 

 

登 場 人 物

マーガレット

語り手。

アーサー・ティレル

マーガレットの叔父。

エドワード・ティレル

アーサーの息子。
エミリー・ティレル  アーサーの娘。
フランス女性     マーガレットの付添。
   
   
   
   

  

そして彼らは自らの血のために待機した。自らの命のためにそっと潜んでいた。

利益を得ようとして、貪欲な者はみなこうする。それを得た者の命を奪いさる利益のために。

 


このアイルランド貴族の物語は、可能な限り、その『ヒロイン』、故D――伯爵夫人が語った言葉の通りに書かれている。従って、第一人称で叙述される。

 

 

母は、私がまだ幼少の時に亡くなったので、母のことは微かにさえ憶えていません。その死によって、私の教育は生き残った親の手に全く委ねられることになりました。彼は、こうして自分に投げ掛けられた責任を厳格に感じ取って、その仕事に当たりました。私の宗教的教育は殆ど大げさな気遣いをもって行われました。もちろん、私は自分の地位と富が要求する教養を修得するために最高の教師たちを付けられていました。父は、いわゆる変人で、私の扱い方は、いつも親切でしたが、愛情と優しさよりは高度な不屈の義務感に支配されていました。実際、私は、食事の時を除いては、滅多に父に会って話をすることはなく、その時でも、父は、優しいものの、いつも内気で陰気でした。暇な時間は、多かったのですが、書斎か独り歩� ��で過ごしていました。つまり、父は私の幸福や教育には、自分の義務を果たすために良心が要求する以上の関心を持たなかったのです。

私が生まれる少し前、父に非社交的な習慣をもたらし、それを確立するのに大きく影響した出来事が起こりました。殺人の嫌疑が自分の弟に掛けられたということなのですが、司直の介入を招くほどのものではなかったものの、それは世間での父の評判を壊滅させるには十分でした。この不名誉な恐ろしい疑いは家名に響き、父は深く傷ついて、それでも自分自身は全く弟の潔白を確信していました。この真摯で強い確信を父はその後実証しましたが、それがこの物語に出てくる破局をもたらすことになったのです。

しかし、自分の直接経験した冒険に立ち入る前に、前述の疑惑を招いた状況を話しておくべきでしょう。それ自体が少々興味深いし、その結果はこれからの物語にとても密接に関係していますから。

私の叔父、サー・アーサー・ティレルは陽気で贅沢な人ですが、さまざまな悪徳の中でもゲームに破滅的なほど熱中していました。この不幸な性癖は、資産状況が節約を余儀なくさせるほど深刻に悪化した後でも、彼に取り憑いて離れず、外の楽しみは殆どやめてしまったほどでした。しかし、彼は高慢というよりは虚栄心の強い人で、自分の収入の減少がもとでこれまで競争していた相手を勝ち誇らせるのには耐えられませんでした。その結果は、もはや高価な放蕩に耽らず、遊興の世界から身を引き、遊び仲間にはできるだけ体裁のいい理由を思わせておくことでした。しかし、彼は一番好きな悪徳を思い切ることはできず、それまで自分が通っていたこの高価な寺院の偉大なる神を崇拝することができませんでしたが、それでも自分� ��目的にかなうだけの偶然の信奉者を集めることはできると思っていました。その結果、キャリックレー(叔父の住居の名前)にはそのような訪問者の一人や二人いないことはありませんでした。あるとき、彼は、ヒュー・ティスドールという、だらしない、実に下品な習慣の持ち主ですが、かなり裕福で、若い頃叔父と大陸を旅行したことのある紳士の訪問を受けることがありました。その訪問の時期は冬で、従って、屋敷は通常の家人のほかには殆ど人がいませんでした。従って、その訪問は非常に歓迎すべきものでした。特に、叔父はその訪問者の趣味が自分のとぴったり一致していることを知っていましたから。

ティスドール氏が滞在すると約束した期間中、二人は共通の楽しみに耽ることに決めたようでした。その結果、二人はサー・アーサーの自室に殆ど一日中そして夜も大半は閉じ籠もって、殆ど一週間を過ごしました。その終わりに、召使いがある朝、いつものように、ティスドール氏の寝室のドアを繰り返しノックしましたが、返事が無く、開けようとして鍵が掛かっていることに気づきました。不審に思われたので、家人は怪しんで、ドアを破ってベッドの方に行くと、その部屋の住人が半分身を乗り出し頭を床近くに下げて死んでいるのが発見されました。こめかみに深い傷がひとつ、見たところ鈍器によって加えられ、それは脳にまで達していました。それより弱い別の一撃が――おそらく最初に狙われた――頭をかすめ、頭皮を少� ��剥ぎ取っていました。ドアは内側から二重に鍵が掛けられ、その上その鍵はまだ鍵穴に差し込んだままになっていました。窓は、内側から施錠されていませんでしたが、閉まっていました。少なからず人を迷わす状況で、部屋からはあとひとつしか脱出方法はありません。この部屋も古い建物に囲まれた中庭に面していますが、中庭には以前狭い戸口と通路が四角形の一番古い部分にありましたが、後に建物ができて出入りできなくなっていました。その部屋はまた三階にあって、窓はかなりの高さにあり、その上石の窓枠はとても狭く、窓が閉じられているとそこには誰も立てません。ベッドの傍には被害者のものである一組の剃刀が見つかり、一つは床に落ちていましたが、二つとも開いていました。致命傷を与えた凶器は部屋� ��中に見つからず、足跡その他の犯人の痕跡も発見できませんでした。サー・アーサー自身の提案で、すぐに検死官が呼ばれ検死審問が開かれました。しかし、程度の如何を問わず何も決定的なことは引き出せませんでした。部屋の壁、天井、床は、隠し戸その他の秘密の通路がないか確かめるために、丹念に調べられましたが、そのようなものは出てきませんでした。捜査は綿密に行われ、暖炉には一晩中火が大きく燃えていたのに、彼らは、そこから逃走が可能かどうかを見つけるために煙突そのものまで調べるに至りました。しかし、煙突は古風に備え付けられ完全に垂直に暖炉から立ち上がり、屋根から十四フィートの高さまで達していて、内部を登ることは殆ど不可能で、煙道は滑らかに漆喰が塗られて、天辺まで上戸を伏せた� �うに傾斜が付いていましたから、この試みも成果を挙げませんでした。仮に頂上まで達したとしても、その高さから、鋭く急な傾斜をした屋根に危険な下降をすることになります。暖炉の灰も煤も、見られた限りでは、いじられた跡は無く、状況はこの点で決定的でした。

サー・アーサーはもちろん取調べを受けました。彼は明白に、隠すことなく証言し、それはあらゆる疑惑を沈黙されるに足るものでした。彼が言うには、この惨事が起こる直前の夜に至るまで、自分は巨額の負けを喫したが、最後の勝負でもとの名家を取り戻しただけでなく、四千ポンドにのぼる勝ちを収めていました。その証拠として、彼は、故人の手になる、惨事のあった日付の、その金額の借用書を提出しました。彼はその状況をレディ・ティレルと家人の何人かがいる前で挙げていました。この供述は彼らそれぞれの証言で裏付けられました。陪審員の一人は巧妙にも、ティスドール氏が巨額の負けを蒙った状況は、たまたまそれを聞いた悪意のある人間に、自殺したと思われるような方法で 彼を殺した後で金を盗むことを思いつかせたかも知れないと言った。ケースから取り出されて落ちていた剃刀によってこの仮説は強く裏付けられた。この計画にはおそらく二人の人物が関与し、ひとりは眠っている人の傍で見張り、いきなり眼を覚ませば殴りつける用意をしていて、もうひとりは剃刀を取って、深い切り傷を負わせ、それが被害者自身の行為によるものと思わせようとしていたというのだ。その陪審員がこの仮説を述べると、サー・アーサーは顔色を変えたと言われている。しかし、彼が関与したとする法的な証拠のようなものは何も無く、結局評決は一人またはそれ以上の正体不明の人物による犯行となり、事件は、五ヶ月ほどたって父がアンドルー・コリスと署名した手紙を故人の従兄と称する人物から受け取るまで� ��く何事もなかった。この手紙は、父の弟、サー・アーサーが、最近の殺人事件に関するある状況を説明できなければ、疑惑を招くだけでなくその身体にも危険があると述べ、故人が書いた、殺人が行われた当日付けの手紙の写しを添えていた。ティスドールの手紙には、他の数多くの事柄のほかに、次のような一節が含まれていた:

 

私はサー・アーサーと苛酷なゲームを演じた。彼はその汚いトリックを幾つかやってみたが、すぐに私もヨークシャー人で、それが役に立たないことに気づいた――わかるだろう。私たちは、頭も心も魂も善良な者同士のゲームをすることとなった。実は、ここへ来てから時間を無駄にしていない。少々疲れたが、この苦労は十分報われると確信している。ダイス・ボックスの音楽を聴けて、払う金のある限り、私は眠ろうと思ったことはない。前にも言ったように、彼はその奇妙な手を使ったが、私はそれを堂々と挫いて、彼に本物の 手痛い教訓という奴をちょっぴり味わわせてやった。つまり、私は老準男爵をいままで彼が経験したことがないほどむしり取ってやったのだ。殆ど鵞ペンの先しか残らないほどにね。私は、彼の手になる――にのぼる金額の約束手形を手に入れた。丸数でよければ、二万五千ポンドで、私の携帯金庫、即ち、二重留金の財布に安全に納まっている。私は二つの理由でこの廃墟のような鼠穴を明日早く立つ。第一に、私はサー・アーサーが担保できないと思われるところまで彼と勝負する気が無い。第二にサー・アーサーから百マイル離れている方が彼と一緒にその家にいるより安全だ。いいかい、ここだけの話だが――私は間違ってるかも知れんが――私は、――によって、自分が生きていると同様確実に、サー・アーサーは昨晩私を毒殺� ��ようとしたんだ。どちらの側にある友情もここまでさ。最後の勝負にかなりの額を勝った時、我が友は額を両手の上に突き出して、こう言ったら笑うだろうな、彼の頭からは、文字通り熱い肉団子みたいに、湯気が出ていたんだ。彼の興奮は私に対する陰謀のためか、それともこれほどひどく負けたことによるものか、私にはわからない。いずれの考えをしていたにせよ、彼が少し落ち込んでいたのは無理も無いと言わざるを得まい。だが、彼はベルを鳴らしてシャンパンの瓶を二本注文した。召使いがそれを運んで来る間に彼は全額について約束手形を書き、署名して、召使いが瓶とグラスを持って来た時、彼は引き下がるように言った。彼は私のグラスを満たし、その時彼の手形を仕舞い込んでいて私の眼が離れていると考えて、狡� �にも何かをその中に垂らした。彼がそれを私に手渡した時、私は、彼が容易にわかるように、「何か澱があるから、私は飲まんよ」と言った。「そうかね」と彼は言って、同時に私の手からグラスをもぎ取って、暖炉の中に投げ込んだ。君はどう思うかね?なまやさしい奴を相手にしてると思うかい?勝つか負けるか、今夜は五千ポンドを超えては勝負する気はない。そして、明日はサー・アーサーのシャンパンの届かぬところにいるのだ。

 

この文書の真正性について父が疑念を表明するのを聞いた憶えはありません。弟に好意的な確信から、既に先入主の中にあった疑惑を裏付けるようなものでしたが、父は十分な調査無しにはそれを認めなかったのです。さて、この手紙の中で叔父に対して不利な唯一の点は、彼を巻き込みそうな書類入れとしての、「二重留金の財布」についての言及です。彼をこの財布は出てこなかったし、どこにも見当たらず、彼のゲーム上の取引に関する書類は死者の身辺に見つからなかったのですから。

ただ、この男、コリスの本来の意図が何であれ、叔父も父もそれ以上からからは何も聞きませんでした。ただし、彼はその手紙をフォークナーの新聞に公表し、それはすぐにもっともっと不思議な攻撃をもたらすことになったのです。私が言及したその新聞の記事は四年ほど後、惨劇の記憶がまだ新しい時に現れました。その記事は「ある人物 が死んだと思っているある人物 はそうではなくて生きており、その記憶を完璧に保っていて、それどころか、重大な 非行を犯した者を震えさせる用意がある」というとりとめもない前書きで始まっていました。次いで、あの殺人事件を実名を挙げずに述べ、そうしつつ、目撃者でないと知らないような細かい、周辺の事項に立ち入り、仄めかしというにはあまりにも明白な暗示によって、「賭博師と呼ばれる人物」 が犯行に罪があると主張していました。


ラッシュのコンサートはどのくらいですか

父はすぐサー・アーサーに新聞を名誉毀損で訴えるよう促しましたが、彼はそれを聞かず、父がその件についていかなる形でも法的な手段を取ることに同意しませんでした。しかし、父はフォークナーに脅迫的な調子で手紙を書き、不快な記事の著者の謝罪を要求しましたが、この要求に対する返答は、今も私の手元にありますが、弁解がましい口調で書かれています。その原稿は持ち込みで、料金が支払われ、広告扱いで、十分に調べることなく、また誰のことを言っているかもよく知らないまま挿入されたとのことです。しかし、叔父の人となりについての世間の評価のを正す手段は何も取られませんでした。彼はすぐにちょっとした財産を売り払いましたので、その利益がいかほどかは誰も知りませんが、脅迫されて情報を買い取る� ��に十分な資金を得るためにその財産を処分したと言われていました。真相が何であれ、その後不思議な殺人事件に関して公式に叔父に対する嫌疑が掛けられていないのは確かです。そして外部の騒音に関する限り、彼はその後全く安全で静かな生活をしています。

しかし、世間にはその印象が深く植え付けられ、長く続きました。サー・アーサー・ティレルはもはやそれまで注意を集めていた地方名士の訪問を受けたり、注目を浴びたりすることはありませんでした。そのため、叔父はそれまで楽しみとしてきた社交儀礼を軽蔑するようになり、自分が音頭を取っていた集まりまで避けるようになりました。叔父の物語の要約はこれが全てです。さて、私自身のことに戻りましょう。

私の記憶では、父は叔父を訪ねたこともなければ、叔父に訪ねられたこともありませんでした。二人とも社交嫌いで、ぐずぐずしていて、無精な性分だったし、それぞれの住居がとても遠く離れていたので――ひとつはゴールウェイ郡にあり、もひとつはコーク郡にあった――彼は弟を強く愛していたが、その愛情をしきりに手紙を出すこととサー・アーサーを社交界に不適と烙印を押すことになった怠慢に対して誇りをもって怒ることで表していました。

私が十八歳頃のこと、父は、健康が次第に悪化していましたが、その習慣となった隠遁生活のために知人はごく僅か、友人といっては殆ど皆無だったので、私を胸の締めつけられる、淋しい思いの中に取り残して、亡くなりました。遺言状の条項はおかしなもので、私が我に返ってその内容を聞き、あるいは理解した時、少なからず私を驚かせました。その巨額の試算は私と私から出た相続人に永遠に遺され、そのような相続人がいないときは私の死後叔父、サー・アーサーに無条件で渡ることになっていました。同時に、遺言状は彼を私の後見人に選び、私が彼の家庭に受け入れられ、その家族とともに生活し、未成年である間その庇護の下にあることを望んでいました。この取り決めによって増加する費用の代償として私が滞在する間� ��かなりの手当が彼に与えられることになっていました。この最後の条項の目的は私にもすぐ理解できました。父は、私が子孫無しに死ぬことをサー・アーサーの明らかに直接の利益とした上で、同時に私の身体を完全に彼の支配下に置くことで、弟の潔白と名誉に対する確信が大きくかつ不動のものであることを証明したかったのです。それは奇妙な、おそらくはいいかげんな目論見でしたが、私は、叔父が深く傷つけられた人間だといつも思うように躾られ、殆ど信仰のように彼を名誉そのものだと見なすよう教えられてきましたから、生まれて初めて他人の家で暮らすことになった内気でおとなしい娘にありがちな不安以上のものは感じませんでした。気分も重く家を出る前に、私はとても優しく、幼児の頃から慣れ親しんだ場所を� �れる辛さを忘れさせ、このことに順応するよう何とか考えた、愛情の籠もった手紙を叔父から貰いました。キャリクレーの古い領地に私が到着したのは、晴れた秋の日のことでした。眼に見えるもの全てが私の心に生んだ悲嘆と陰鬱さの印象はすぐには忘れられませんでした。陽光は、豊かで憂鬱な光彩をもって、堂々たる木立を作ってその長く広がった影を岩や草むらに投げ掛けている立派な古木の上に降り注いでいました。そこには放任と崩壊の気配があり、それは殆ど荒廃しているほどで、私たちが建物自体に近づくと、悲しさを増しました。建物の周囲の地面は初めはどこよりも人工的に、念入りに耕されていましたが、その後の放任の跡が、より一層直接的にはっきりと現れていました。

進んで行くと、道は以前二つの釣り池だったものが今は淀んだ沼でしかなく雑草が伸び放題ではびこった灌木が浸食してきているところの近くを回って行った。並木道そのものはひどく荒れていました。多くのところで石が草やイラクサで殆ど覆われていました。広い庭園のあちこちを横切る緩い石壁は多くのところで崩れ、もはや本来の垣の役目を果たしていません。桟橋が時々見えましたが、門は無くなっていました。この荒廃した全体の雰囲気に加えて、大きな木の幹が幾つか荘厳な古木の間に散らばっていました。冬の嵐の仕業か、それともおそらくは広範囲にわたる破壊的な伐採計画が立案者の資金不足か忍耐力不足で完成されなかったことによるものでしょう。

この並木道をたっぷり一マイルは走って、私たちは少々急な坂のある高台の上に到着しました。この荒っぽい道筋の便宜のためでなければ、絵のような美しさのために付け加えられたもののひとつでしょう。この尾根の上から前方やや遠くにそびえるキャリクレーの灰色の城壁が回りをうっそうと取り囲む古木にほの暗くされているのが見えました。それはかなりの広さを持つ四角形の建物で大きな入り口が置かれている正面が私たちの眼の前に向かって古色をくっきりと見せていました。古い建物の時を経て痛んだ、荘厳なさま、この場所全体の崩壊し、寂れた外観、そして我が家系の歴史の暗い頁にそれを結びつける絆が一緒になって、陰気で気落ちする印象を受けやすい気持ちをさらに滅入らせました。馬車が草の生えた中庭の玄関� ��前に停まると、彼らがいるこの場所の外観によく似合った格好の、怠惰な顔つきの男が二人が、鎖に繋がれた大きな犬の手に負えない 吠え声に驚いて半分崩れた納屋から走り出て来て、馬の面倒を見た。玄関は開いていて、私は陰気で中途半端な灯りのついた部屋に入ったが、中には誰もいなかった。しかし、このぎこちない窮状の中で長く待つことはなかった。私の荷物が家の中に運び込まれる前に、本当に、私が回りをよく見るために外套その他の被いを取り去る若い娘が一人軽やかにホールに走り込んで来て、心を込めて私にキスすると、騒々しく叫んだ。「親愛なる従姉、親愛なるマーガレット――とっても嬉しいわ――息が切れて、私たち十時までには来ないと思ってたの。父はこの辺りのどこかにいるわ、すぐそこにいる筈よ。ジェームズ――コーニー――走り出て、お前たちの主人に言いなさい。兄は滅多に家にいないのよ。少なくとも、まともな時間帯に� ��ね。とても疲れたでしょう。――とても疲労してるわよね――部屋に案内するわ。レディ・マーガレットの荷物が全部運び込まれるよう気をつけてて。横になって休まなければならないわ。デボラ、コーヒーを持って来て――この階段の上。私たち、あなたに会えてとても嬉しいわ――どんなに私が淋しかったかわからないわよね。あなたが本当に来るなんてどうやって信じたらよかったか。何て親切なこと、親愛なるレディ・マーガレット」本当に性格のよさと喜びが私の従妹の挨拶には籠もっていた。それに、身に付いた行儀作法の確信が私をすぐに安心させ、たちどころに彼女に親密な思いを抱かせた。彼女が案内してくれた部屋は、建物とその周辺に染みついた全体的な崩壊感に預かっていたものの、明らかに居心地よくしよう� �いう配慮と僅かながらも贅沢にしようという試みでしつらえられていた。だが、私を一番喜ばせたのは、二番目のドアを開けると、私の美しい従妹の部屋に通じるロビーに出られたことだった。さもなければ私のように落ち込んで気が高ぶっている者には殆ど苦痛となるほど部屋に染みついていた孤独と悲嘆の気配を取り去る環境だった。

私が必要だと思う手配が済むと、私たち二人はパーラーに降りた。そこは、大きな羽目板の部屋で、陰気な古い肖像画が幾つも掛かり、見たところ不満の無い、適当な格子を嵌めた大きくて、楽しげな暖炉があった。ここで従妹はもっとくつろいで喋る暇があった。彼女から私はその一族のまだ会っていない、残りの二人の態度や習慣についていくらか知ることができた。到着した時、私はこれから一緒に住むことになる家族のことを、何も知らなかった。レディ・ティレルはずっと前に亡くなっていたので、叔父とその息子と娘の三人から成っているということを除いては。この僅かな知識の集積に加えて、わたしはすぐにお喋り好きの従妹から、叔父は、前から疑っていたように、全く自分の習慣に閉じ籠もっていて、そのほかには、� ��女が憶えている限りでは、改心した放蕩者がそうなるように、いつも少々厳格でしたが、この頃は以前よりも陰気で宗教的に厳格になったそうです。兄についての説明は、その欠点に直接触れませんでしたが、ずっと好意的ではありませんでした。彼女から聞き集めたところを総合すると、彼は怠惰で、行儀の悪い、放蕩者の『地主階級』 の典型――社交界からいわば無法者扱いされて自分自身より低い階層と交わらされた状況からの当然の結果でしょうか――で、大金を使う危険な特権を享受していると思わざるを得ませんでした。しかし、従妹の情報にはそうはっきりとした結論を下すだけのものはないと容易に想像がつくでしょう。

私は叔父の到着を、警戒心半分、好奇心半分で、今か今かと待っていました――それ以来、程度は低いが、長い間繰り返し話には聞いていて関心を持っていた人たちのひとりの前に始めて立った時に何度も経験した戦慄でした。だから、まず外側のドアでかすかなざわめきがあり、次いでゆっくりした足音がホールを横切るのを聞いて、最後にドアが開いて叔父が入ってくるのを見た時は、少しうろたえていました。彼は目立つ人でした。身体と衣装両方の特異なところから、彼の外観全体の印象は極端に異常なものでした。彼は背が高く、若い頃は目立って優雅な体型をしていました。しかしながら、その印象はとてもはっきりした猫背で台無しにされていました。彼の衣装は地味な色で、ファッション的には私の憶えている何よりも先� ��行っていました。しかし、それは堂々としていて、決して無造作に身に付けてはいませんでしたが、彼の外観を異常なものにしていたのはその鋏を入れていない白髪で、長く垂れ下がっているものの決して手抜きをしない巻き毛で、肩まで掛かっていました。それが、彼の整った古風な容貌、綺麗な黒い眼と相俟って彼に堂々たる威厳と誇りを与えており、どこにも比べるものは滅多にありませんでした。私は、彼が入ってくると、立ち上がり、部屋の真ん中で彼を迎えました。彼は私の頬と両手にキスして言いました。

「おまえは大歓迎だよ、この貧しい場所ができる限り歓迎する。おまえに会えて嬉しいよ――本当に嬉しい。そう疲れ切ってはいないと思うが、どうかもう一度坐ってくれんか」彼は私を椅子に連れて行って、続けました。「エミリーと既に仲良くなったとわかって嬉しい。おまえたちがこうして一緒になったのは、長く続く友情の始まりだってことが儂にはわかる。おまえたちは二人とも無邪気で、二人とも若い。神様の祝福があるように――神様の祝福があるように。儂の願う全てのものがおまえに叶うように」

彼は眼を上げて、秘密の祈りを捧げているように暫く黙っていた。私は、明らかにこれほど優しい感情を持ったこの人が世間の言うような情けない人だなんてことはあり得ないと思いました。今まで以上に彼の潔白を確信しました。彼の態度は非常に魅力でした、あるいはそう私には見えました。この評価を経験の光がどのように変えてしまうか知りませんでした。しかし、私はその時とても若く、彼の中に洗練された生活からくる礼儀正しさと最も優しく最も親切な心の美徳との完璧な調和を見ていました。彼に対する愛着の感情と尊敬が私の中に湧き上がってきて、何とひどく財政的に苦しんでいることか、何と残酷に取り沙汰されていることかをより一層真剣に思い出しました。叔父は私に自分が大歓迎であること、彼自身のものは� ��でも好きにしてよいことを完全にわからせ、何か夕食に食べるよう強く勧めました。私が断ると、彼は私におやすみを言う前にもう一つ義務を果たすことがある、私が喜んで受け入れると確信していることをと言いました。そして彼は聖書の一章を読みました。その後で、この家の何でも全て私の好きなようにしてよいと思ってほしいという望みを繰り返して、挨拶の時と同じ愛情の籠もった優しさで別れを告げました。私がどれほど叔父のことで喜んだか言うまでもありません――そうしないなんて不可能でしたし、自分自身にそう言わずにはいられませんでした。こんな人が中傷の攻撃から安全でないとしたら、誰がそうなのでしょう?私は父の死以来これほど幸せに感じたことはなく、あの不幸以来始めて気の安らぐ眠りに落ちる� �とができました。従兄に対する私の好奇心は長く満たされないままにはされませんでした。彼は次の日のディナーに姿を現したのです。彼の態度は、予想していたほ粗野ではないけれど、極めて不愉快なものでした。私が慣れていない厚かましさとでしゃばりというものがあります。私が思っていたよりも態度が野卑だというよりは、品性が卑しいと言ったほうがいいでしょう。私は彼がいると全く不愉快でした。ちょっと我慢してやっただけでいい気になるという、まさにその自信が顔にも口調にも出ているのです。彼が時々嬉しそうに私に言う粗野で大袈裟なお世辞には、おそらく、虐待と言える行為が与えるもの全てよりも私を嫌な思いにさせ、悩ませました。しかし、私が知りもしなければ、少しの関心も無い遊びにかまけて彼が それほど頻繁に姿を見せないのがせめてもの慰めでした。でも、彼が現れると、楽しみのためであろうと、もっと真面目なことであろうと、その注意はとても露わに、そして執拗に私に向けられるので、私のように若くて経験の無かったとはいえ、 でもその意味に気づかないわけにはいきませんでした。この不愉快な嫌がらせには言葉に表せないほど苛々させられ、とても激しく彼を拒絶しました。彼の配慮はたくさんだとわからせるためにはたとえ不作法になってもしかたありませんでしたが、全く無駄でした。

この調子で十二ヶ月近くが過ぎ、私の困惑も極まったのは、ある日、いつものように、パーラーで話し相手のエミリーと一緒に坐って縫い物をしていると、ドアが開いて従兄のエドワードが部屋に入ってきたときのことです。彼の態度にはどこかおかしなところがあるようでした。恥ずかしさと厚かましさの間で戦っているような、狼狽と曖昧さのようなものがあって、それが、どうやら、彼をいつもより無愛想にしているようでした。

「あなた方の召使でございます、レディ方」 彼は坐るのと同時にそう言った。「二人きりのところをお邪魔して申し訳ありませんが、気にしないで、僕はエミリーの代わりを一、二分務めるだけです。それで暫しのお暇をします、お美しい従妹殿。エミリー、お父さんが隅の塔に来るようにと言ってたよ。冗談じゃない、お父さんはお急ぎだ」彼女はためらいました。「行きなさい――足踏みならして行進するんだよ」 彼は憐れな少女が逆らえないような調子で叫びました。


上部の黒い女性ボーカリスト

彼女は部屋を出て行き、エドワードはその後を追って戸口まで行きました。何を言おうかと考えているかのようにそこに一、二分経っていましたが、おそらくホールには誰も立ち聞きする者がいないので満足したのでしょう。彼は、漸く振り向いて、無造作を装って足でドアを閉めると、考えに耽りながらゆっくりとやって来て、私の向かいにあるテーブルの横に坐りました。ちょっとの間沈黙が続き、やがて彼は言いました。

「僕がこんなに早く訪ねて来たので、その目的を抜け目無く疑っていると思いますが、僕は本題に入るべきだと思います、いいですか?」

「私は何も考えていません」 私は答えました。「あなたの目的が何なのかについては」

「さて、さて」 彼は話ながらさらに気楽になって言いました。「それは二言、三言ですむでしょう。僕のような若者とあなたのような美しい人が、愛情もなく、あなたと私のようにずっと顔を合わせているのは全く不可能で、考えられないことだとおわかりですね――好意がどちらかに芽生えて、つまり、僕は、殆ど最初に会った時からあなたに恋しているんだということを、今喋っているように、あなたにはっきりとわかってもらうべきだと思うのです」彼は言葉を切ったが、私はあまりに恐ろしくて言葉が出なかった。彼は私の沈黙を都合のいいように解釈した。「言っておきますが」 彼は続けた。「あなたに気に入られるのは難しいと思います。好みに適う のはとても難しいと。僕が前にいつ女の子に夢中になったかは言えませんが、あなたは僕に幸運が待っているということがわかるでしょう――」

ここで忌まわしい奴は本当に自分の腕を私の腰に回しました。この行動はすぐに私の言葉を回復させました。最大の怒りを込めた激しさで私は彼の手から身を逃れ、同時に言いました。

「私は、もちろん、あなたの不愉快な注目に気づいていました。それは長い間私の大きな悩みの種でした。私が、できる限り明確に、実際に思いやりを欠くことなく、私の不承知、私の嫌悪を示していることにあなたは気づかねばなりません。

私は言葉を切りました。あまりに早口で喋ったために殆ど息を切らせていました。彼に会話を再開させる暇を与えず、怒りと屈辱で麻痺したままにして、急いで部屋を出ていきました。階段を昇っていると彼がパーラーのドアを荒々しく開け、私が来た方角に二、三歩足早に進むのが聞こえました。私はもうとても怖くなって、自分の部屋に辿り着くまでずっと走り、ドアに鍵を掛けると、息もつかずに耳を澄ましましたが、何も聞こえませんでしたそれで当座は安心しましたが、いま体験した出来事の伴う興奮と困惑にあまりにも圧倒されて、従妹のエミリーがドアをノックした時、私は大いに高ぶってすすり泣いていました。私が従兄のエドワードをひどく嫌っていることを、私の若さと極端な世間知らずを併せ考えれば、私の悲嘆が� ��易におわかりでしょう。あのような求婚はどんなものであれ私を興奮させたでしょうが、それが、よりにもよって、本能的に最も忌み嫌っていて、作法が許す限りはっきりと私の感じているところを表現した男から出たのですから、もうあまりに困惑して耐えられませんでした。それまで私の小さな不平に従妹のエミリーはいつも同情してきましたが、これはそれを期待できない災難でした。それでも、私はそれがいいことで報われないことはないと思いました。私は、この悲痛な告白 から、私の従兄の忌まわしい迫害が終わるという当然で最も歓迎すべき結果が出てくるものと思っていましたから。

翌朝私が起きると、もう二度と彼の顔を見ないだろうし、彼の名前を聞くこともないという希望に燃えていましたが、そんなことは、熱烈に望んでも、なかなか達成されるものではありません。昨日の悲痛な印象はあまりに強烈ですぐには消せません。厄介なよくないことがやって来る漠然とした予感がするのを避けられませんでした。従兄の方に私に対する思いやりや配慮のようなものを期待するのは論外でした。彼は私の財産に心を傾けていて、私の同意を殆ど強制する機会と手段と思われるものを持ちながら、簡単にはそんな賞金を諦めることはないとわかっていました。その家族の、一人を除いて、誰も全く知らないくせに、私をそこに一種に住まわせるようにした父の行為の不当さを痛感し、自分の状況の救いようの無さを苦々� ��く感じていました。しかし、私は、従兄が彼の言動を続けるなら、問題の全て叔父の前に据えようと決めました。彼は、親切からか親密さからか、決して最初の会見から一歩も踏み出してはいませんでしたが、そのもてなしと廉潔な心に身を投げ出して、このような悩みの連続からの救済を求めようと。

私の従兄の振る舞いがもとでこれほど深刻な不安を感じるのはおかしいのですが、私の懸念は彼の行為や言葉で起こったものではなく、全く、奇妙で脅迫的でもある彼の態度から来たものなのです。私たちの昨日の会見は最初からちょっと威圧的な傲慢さが態度に表れていて、それが最後には仮面を脱ぎ捨てた暴漢のどこか野獣的な激情すれすれのところまで行き、その変化が、彼は力ずくでも彼の望みに対する私の同意を強要しようとするか、あるいはもっと恐ろしい、私に考えることができるとは思えない手段で私の財産を自分のものにしようとしていると信じさせたのです。

次の日早くに私は、古い建物の隅の塔にある叔父の私室に来るように言われました。そこで、私は、この異常なやり方は何の始まりかと訝りながらそこへ行きました。私がその部屋に入ると、彼は立ち上がっていつもの丁寧な仕草で私に挨拶しようとはせず、ただ、自分の向かいにある椅子を指差しただけでした。いい前兆ではありません。しかし、私は座って、黙ったま彼が口を開くのを待ちました。

「レディ・マーガレット」 やがて、彼はそんなことができるとは思ってもみなかった厳しい口調で言いました。「儂は今までおまえに友人として話してきたが、儂がおまえの後見人でもあり、その権限はおまえの行動を規制する権利を含んでいることを忘れたことはない。私はおまえにひとつ質問するが、明白で真っ直ぐな返答を期待している。おまえが儂の息子、エドワードの求婚を侮蔑的に拒絶したというのは本当か?」

私はかなり怯えてどもった。

「思うに、つまり、私は、従兄の求婚を拒絶しましたが、私の冷たさとそっけなさは彼に私がそう決心していると思わせたかもしれません」

「お嬢さん」 彼は押し殺してはいるが私には強い怒りと見える感情を込めて答えた。「儂は長いこと生きて、冷たさとそっけなさ なんぞというのが、取るに足りない媚びを売るときよく使われるものだということはわかっている。おまえは私と同様に冷たさとそっけなさ は相手に自分はすいう態度を取る人から嫌がられても無関心にされていないと思わせるために使われるということを十分知っている。おまえも、意図的な無視は、うまくやれば、技巧に富んだ美人の最も恐るべき誘惑のひとつだということをよく知っている。いいかね、お嬢さん、そっけないことを一言も言わないで、儂の息子に十二ヶ月以上も一番目立つ関心を寄せさせておいて、いつも冷たい眼で見ていたとあいつに取り澄まして言うだけで、それ以上の説明もせずに彼を拒絶する権利はおまえには無い。おまえの財産も地位も(その言葉に対するサー・ガイルズ・リーチばりの軽蔑を強調していた) 、おまえに、誠実な心をから出た愛情を軽蔑をもって取り扱うことを保証するわけじゃないぞ」

彼らの富を増やそうとする、私心に動かされた節操のない計画に基づいて、私を脅して黙らせようという露骨な試みに私はあまりに大きな衝撃を受けました。いまや叔父とその息子が慎重に立てた計画だと気づき、すぐに私は力と落ち着きを取り戻して、彼が言ったことに対する答えを組み立てました。漸く私は自分でも驚くほどしっかりと答えました。

「あなたは、たった今おっしゃったことの中で、私の振る舞いと動機を間違って表現しています。あなたが聞かれたことは、従兄に対する私の振る舞いに関する限り、ひどく間違っているに違いありません。私の彼に対する態度は嫌いだということを伝えているだけです。私がずっと抱いてきた彼に対する強い嫌悪に何か付け加わっているとしたら、彼が、私の嫌がっているのを知っていながら、私を脅して結婚させようと試みたことでしょう。それは、何であれ私に属する財産を自分のものするためだけの手段として彼が求めたことです」

私は、こう言うと、自分の眼を叔父の眼に据えましたが、彼は世故に長けていて、私の眼よりももっと探るような眼で見られてもたじろぎません。彼はただ言いました――

「おまえは父親の遺言状の条項を知っているかな?」

私は、はいと答えました。すると彼は続けました。「それなら、もし儂の息子、エドワードが節操のない、向こう見ずな男で、おまえが考えているような悪党だったとしたら」――(ここで彼はとてもゆっくりと、彼の口から出る一語一語が私の記憶に留まるようにと狙っているかのように、喋り、同時にその顔の表情は徐々に恐ろしく変わり、私に据えている眼はとても暗く輝いて、私は殆どほかのものが見えないほどでした)――「もし彼がおまえの言うような者だったら、彼は結婚するようりも手っ取り早く目的を達成する方法を見つけたんじゃないかね?一撃で、おまえが仄めかすよりもひどくはない暴行で、おまえの財産は儂らのものになるんだぞ!!」

彼が喋り終えた後、恐ろしい、蛇のような眼に魅入られて、彼がその顔を優しく変えて言葉を続けるまで、私は彼を見つめたまま何分も何分も立ち尽くしていました。

「儂はこの件について一ヶ月過ぎるまでは、二度とおまえには話をしない。おまえに眼の前にある二つの道のどちらがいいかを考える時間をやろう。結論を急がせて済まなかった。この問題について自分の考えを述べ、義務のなんたるかを指摘できて儂は満足だ。一ヶ月後のこの日を忘れるな。その前には一言も言わんでいい」

そして彼は立ち上がり、私はひどく興奮し疲れ切ってその部屋を出た。

この会見は、関係するあらゆる状況が合わさって、特に、例えにしても人殺し の話している間の叔父の顔のおそろしい表情が、彼に対して最悪の疑惑を掻き立てました。私は恐ろしくていまさっき罪悪と悪意の驚くべき装いを着けたその顔が見られませんでした。私はそれを恐怖と嫌悪の入り交じった眼で見ていました。悪夢の中で自分を苛むものを見るかのように。

既に詳細を述べた会見の二、三日後、私は自分の化粧台の上に手紙が載っているのを見つけて、開けて読んでみた。

 

親愛なるレディ・マーガレット

あなたはおそらく今日部屋の中に見知らぬ顔を見て驚くでしょう。私はあなたのアイルランド人のメイドを解雇し、あなたの付添としてフランス人を雇いました。家族全員で近々大陸へ行くつもりなので、その必要から取った処置です。

忠実なるあなたの叔父

アーサー・ティレル

 

調べてみて、私の忠実な付添が本当にいなくなって、遙かゴールウェイまで行ったっことを知りました。その代わりに現れたのは、骨張った、器量の悪い、年配のフランス人女性でした。そのむっつりして図々しい態度は彼女のそれまでの仕事がレディーズ・メイドでないことを意味していました。私は、彼女が叔父の一味であると見なさざるを得ず、ほかに疑わしい点が無くても恐れなくてはなりません。

私の取るべき道について、何の、一瞬の疑惑さえ私の側に無いまま日々が週が去っていった。割り当てられた期間がとうとう過ぎた。私が自分の決定を叔父に伝える日がやって来た。私の決心は一瞬たりとも揺らがなかったが、近づいてくる対話に対する脅威を振り落とすことはできなかった。予期していた呼び出しを聞いた時、私の心は私の内部で沈んだ。重大な告白が行われた日以来、私は従兄、エドワードの姿を見なかった。彼は一所懸命私を避けていたに違いない。私は政策的な観点からそれは思いやりでないと見ていた。自分の決定を知らせた途端叔父の怒りが凄まじく爆発することは覚悟していた。次に暴力的あるいは脅迫的な行為が取られることを不当に恐れていたわけではない。この嫌な予感に満たされて、私は恐れつつ� ��斎のドアを開け、ほど無く叔父の眼の前に立った。彼は私を丁寧に迎え入れたが、私はそれが、私のする回答について自分に都合のいい期待を寄せているせいではないかと思うと怖かった。少々間を置いて、彼は口火を切った――

「この話をできるだけ早く取り上げたほうが、私たち二人にとって安心というものだ。では、いいかね、姪御や、遠慮無くものを言うのは、他の場合なら許されないかも知れんが。おまえは、きっと、儂らのこの前話したことを正当にかつ真剣に考えてくれたことだろう。おまえは今率直にその答えを儂の前に出す用意があると信じている。二、三言で十分だ。儂らはお互いに完全にわかり合ってるんだから」

彼は言葉を切り、私は、いまにも爆発しそうな地雷の上に立っているような気がしていましたが、それでも全く威儀を正して答えました。「私は今この前の時と同じ答えをしなければなりません。その時の宣言を繰り返します。私は、生命と理性が残っている限り、従妹のエドワードと一緒になることに同意することできませんし、いたしません」

この宣言は、死んだように殆ど鉛色に顔色が変わったほかには、サー・アーサーに目立った変化をもたらしませんでした。彼は暫く暗い考えに吹けているようでしたが、やがて、僅かに気を入れて、言いました。「おまえは儂に正直に真っ直ぐ答えた。そしてその決心が変わらないと言った。ふむ、それが違っていたら――それが違っていたら――だが、そうしかならん。儂は満足だ」

彼は私に手を差し出しました――それは死んだように冷たく湿っていました。冷静さを装いながら、彼は恐ろしいほど興奮していたのです。彼は殆ど痛くなるほど固く私の手を握り続けました。その間、無意識的であるかのように、私の存在を忘れたみたいに、彼はつぶやきました。「妙だ、妙だ、妙だ、本当に!間違いだ、救いようの無い間違いだ!」そこで長い間を置いて、「芯まで腐ったケーブルを貼るのは、本当に、気違いじみている。それは切れるに決まってる――そして――全てお終いだ」また数分間の間を置いて、それから、いきなり口調と態度を用心深い気軽さに変えて、彼は叫びました。

「マーガレット、息子のエドワードはもうおまえに迷惑をかけん。彼は明日この国を発ってフランスへ行く。彼はこの問題についてもう一言も喋らん――もう二度と。おまえの答えに懸かっていたものは、いまやそれ自体のコースを取る筈だ。だが、この実りの無い求婚は、もう十分試された。もう二度と繰り返されん」


なぜキャリー·アンダーウッドは違って見えるのでしょうか?

こう言うと、彼は、連携のために考えたあらゆる計画を残り無く棄てることを表すかのように、私の手を冷たく放しました。きっと、この動作は、それに伴う言葉とともに、私が取ろうと決心した道によって引き起こされるものと思っていたよりも重大で落胆する効果を私の心に与えたのでしょう。それは、重要で撤回できない行為を達成したことに伴う危惧と重苦しさで私の心を打ちました。疑いも、しなければよかったという良心の呵責も無かったのですが。

「さて」 叔父は暫くして言いました。「儂らはもうこの問題について話すことをやめ、二度と取り上げない。おまえはもうエドワードのことで不安に思うことはないことを忘れるな。彼は明日アイルランドを発ってフランスへ行く。これで安心だろう。この話題に触れることは一言も口にしないということについて、おまえの名誉を当てにしていいね?彼にその保証を与えるから。彼は「結構だ」と言っていた。儂は満足だ。儂らにはそれ以上何も無い、どちらの側にもな。儂がいると気詰まりに違いない。だから、お別れを言おう。そして、いま行われた会見をどう考えていいか殆どわからないまま、私はその部屋を出ました。

次の日、叔父は機会を捉えて私に、エドワードが、逆風などでその意図を妨げられなかった限り、実際に出帆したことを告げました。二日後、彼は本当に船上で書いて、船が動き出したときに発信したという息子からの手紙を出してみせました。これは私にとって大いに満足することでした。それは、事実だと証明できそうでした。間違い無く、サー・アーサーによって私に伝えられたものでしたから。

この試練の間、私は愛する従妹、エミリーが傍にいることで、私に同情を寄せてくれたことでどれほど慰められたことか。私はこれほど親密で、これほど熱心っで、その上その進行する間ずっとこれほど純粋な喜びを感じ、その終わりにこれほど深く、これほど辛い悲しみに浸った友情を後になっても形成することはできませんでした。彼女との楽しい会話で私はすぐに元気をかなり取り戻し、まだ極端な孤絶状態にありながら、十分満足に時を過ごしました。物事は円滑に進みました。時々、瞬間的ですが、叔父の性格に対して恐ろしい不安を感じましたが、それは、いま詳細をお話しした二人の対決の状況によって全く予期保証されないものではなかったのです。この会談が私の心に残した不快な印象は急速に消えていった時、本当に� ��かではあるのですが、抑えきれない最悪の疑惑を呼び覚まし、不安と恐怖でまた私を圧倒する状況が起こりました。

ある日私は従妹のエミリーとともに家を出て、気に入った場所のスケッチをするために、かなり長い散歩に出掛け、半マイルほど歩いた時、私は絵の道具を忘れてきたことに気づきました。それが無ければ何をしに来たかわかりません。自分たち自身の軽率さに大笑いして、私たちは家に戻り、エミリーを外に待たせて、私はスケッチ・ブックと鉛筆を取りに自分の寝室がある二階に上がりました。階段を駆け上がっていると、私は背の高い、醜いフランス女性と出会いましたが、彼女は明らかにかなりうろたえていました。「Que veut Madame(何かご用で、お嬢様)?」 私がいままで知っているよりも丁寧に喋ろうと必死になって彼女は言いました。「いえ、いえ――何でもないわ」彼女の傍をすり抜けて自分の寝室に向かいながら私は言いました。「Madam (お嬢様)!」 彼女は高い声で叫びました。「restez ici s'il vous plait, votre chamber n'est pas fait (ここにいてくださいませ。あなたのお部屋は用意できておりませぬ)」 私は彼女に気をとめず更に進み続けました。彼女は、幾らか私に遅れ、私は既にロビーに来ていたので外に私が部屋に入るのを止める手立ては無いと思って、私の身体を掴まえようと捨て身の行動に出た。私のショールの端を掴むのには成功し、それを私の肩から引っ張りましたが、同時に磨き立てた樫の床で滑り床の上にどうと倒れてしまいました。この奇妙な婦人の不躾さに怒るとともに少し怯えて、私は、彼女から逃れようと、急いで自分の部屋のドアを押し開け、戸口に立ちました。だが、大いに驚いたことに、中に入ると部屋が誰かに占領されていた。窓は開けられ、その傍に二人の男の姿があったのです。彼らは窓枠の嵌り具合を調べているようで、その背中は戸口に向いていました。その一人は叔父でした。二人とも私が入� ��と驚いたように振り向きました。見知らぬ人はプーツを履いて外套を着ており、額の上まで鍔広の帽子をかぶっていました。彼は一瞬振り返って顔を背けました。だが、それで十分私はそれが従兄のエドワードにほかならないとわかりました。叔父は何か鉄製の道具を手にしていたが、すぐにそれを背に隠しました。そして私の方にやって来ると、説明するような口調で何か言いました。だが、私はあまりにも衝撃をうけ、混乱していたので、それが何か理解できませんでした。彼は何か「修理――窓枠――冷たい、そして安全」と言っていました。私はそれを待って尋ねたり説明を受けたりすること無く、急いで部屋を出ました。階段を澱ながら、私はフランス女性が金切り声で言い訳や何かを押し殺してはいるが激しい口調で言� ��声を聞いたような気がした。あるいはそんな風に感じられたまし。

全く息を切らせて私はエミリーと一緒になりました。頭がほかのことで一杯でその日は絵のことはあまり考えられなかったことは言うまでも無いでしょう。私は、自分の不安の原因を率直に、同時にできるだけ穏やかに彼女に話しました。彼女は涙ながら、私のために見張りをすること、身を捧げること、そして愛していることを約束しました。私は、手放しの信頼を彼女に置いたことを一瞬たりと後悔したことはありません。彼女は意外にもエドワードが現れたことに私同様に驚きました。彼がフランスに向けて発ったことを二人とも一瞬たりと疑いませんでしたから。しかし、いまや現実に存在することによって、彼がよからぬ目的で変装して現れたに違いないことが証明されたと私は怯えました 。私が叔父を見つけた状況は殆ど彼の計画に対する疑いを全て解決しました。私は疑惑を確信に変え、夜ごと、夜ごと、ベッド で殺されるのを恐れました。不安による睡眠不足で神経過敏になり、私の置かれた状況に伴う恐怖は、私が遂に父の古くからの誠実な友人で、父のことを全て知っているジェファリーズ氏に宛てて手紙を書き、後生だから私を現在の恐ろしい状況から救ってほしいと頼み、腹蔵無く、私の疑惑の内容とその根拠を知らせるほどにまでなりました。この手紙を私は封印し宛名を書いたまま、安全に郵便局に差し出せると信じられる機会待って、二、三日いつも身に付けていました。見つかれば身の破滅でしたから。エミリーも私も乾いた石でできた高い壁に取り囲まれた領地の域内を越えることは許されませんでしたから、そのような機会を確保する困難は大きく増えました。 

この頃、エミリーが父親と短い話をしましたが、彼女はそれをすぐに知らせてくれました。幾つかの関係の無い事柄の後で、彼は、彼女と私の仲がいいか、私の態度が率直かを尋ねました。彼女はこれを肯定すると、彼は、私がこの前彼が私の部屋にいるのを見て驚いたかどうかを尋ねました。彼女は、私が驚くと同時に面白がったと答えました。「では、彼女はジョージ・ウィルスンの風体をどう考えているんだね?」「誰のこと?」 彼女は尋ねました。「おお!建築家のことだ!」 彼は答えました。「家の修理の契約をすることになっている。彼はハンサムな奴だと言えるだろう」 「彼女、彼の顔を見てないわ」エミリーは言いました。「それに、彼女は急いで逃げ出して殆ど彼を見ていないわ」 サー・アーサーは満足したようで、そこで会話は終わりました。

エミリーが正確に再現してくれた、このちょっとした会話は、実際何か意味があるとすれば、エドワードが本当はここにいることについて私が前から思っていたことを確認する効果がありました。そして、自然と、ジェファリーズさんに手紙を出すのが何だか前よりも心配になってきました。機会がやっと来ました。エミリーと私はある日領地の門近くを歩いていると、村の若者が一人たまたま家からの並木道を通りました。そこは人の来ないところだし、その人は私が恐れている人に仕えているわけではないので、私は手紙を彼に預け、それを遅れずに町の郵便局の係りに渡すよう厳しく命じました。同時に適当な駄賃を付けました。その男は時間について随分と文句を言いましたが、すぐに見えなくなりました。彼が殆ど遠ざからない� ��ちに、私は彼を信用することに決めたのがよかったのか疑わしくなり始めましたが、手紙を送るのにそれよりましな、あるいは安全な方法は無かったし、それを開いて見るなどという不逞なことすると疑う理由もありません。でも、返事を貰うまでは全く安心したというわけではありません。その返事は二、三日届きませんでした。しかし、受け取る前に、ある出来事が起こり、少し私を驚かせました。私はその日早くベッドの中で身を起こして独りで本を読んでいると、ドアにノックの音がしました。「どうぞ」私が言うと、叔父が部屋に入って来ました。「済まないが」 彼は言いました。「おまえをパーラーで探して、それからこちらに来たんだ。一言言っておきたいことがある。おまえは、儂がおまえに対してしていることは後見人が未成年者に対してすべきことだとわかっているものと信じている」私は敢えて同意を拒まなかった。「そして」 彼は続けた。「儂が過酷でも、不当でもなかったとわかっているものと信じているし、おまえは儂ができるだけこの貧しい場所をおまえにとって居心地よくしようとしてきたかを気づいていると信じている」私はまた同意した。すると彼は手をポケットに突っ込み、そこから折り畳んだ紙を取り出し、それをテーブルの上に驚くほどの勢いで叩きつけて、言いました。「おまえがこの手紙を書いたのか?」急に、恐ろしいほど彼の声も、態度も、顔もが変わったが、それ以上に、すぐにわかったことだが、ジェファリーズ氏に宛てた私の手紙が思いがけず出されたことが私をひどくまごつかせ、怯えさせたので、私は殆ど息が止まりそうだった。私は一言も言えなかった。「おまえがこの手紙を書いたのか?」彼はゆっくりとかなり強調し� ��繰り返しました。「おまえが書いたのだ。嘘つきの偽善者め。おまえは敢えて卑劣な、不名誉な中傷を書いたのだ。だが、これが最後だ。儂が調査を要求すれば、人はみなおまえが気違いだと言うぞ。儂はおまえがそう見えるようにすることができる。この手紙に書かれた疑惑は鬱病者の妄想であり、不安だと。儂はおまえの最初の企てを潰したんだよ、お嬢さん。神かけて、もう一度やったら、鎖と、暗闇と、そして監視人の鞭がおまえを待っているぞ」この驚くべき言葉とともに、殆ど気を失い掛けた私を残して、彼は部屋を出て行きました。

私は殆ど絶望の底に落ち込みました。最後の賭は失敗したのです。城からこっそり逃げ出して最寄りの治安判事の保護下に身を置くよりほかに手はありませんでした。そうはいかない、すぐに殺されてしまうと私は思っていました。私を取り巻いている恐怖は弱まることが無く、それを描いただけでは、誰にもわからないでしょう。拠り所無く、か弱い、経験の浅い娘が、力で抑えられ、全く悪人のなすがままになっていて、おそらく私が落ちることになる悪辣な力から逃げることは私の手に余ると思っていました。暴力が、殺人が企てられているとしても、助けてくれる人は近くにいないと意識していました。殺される時の私の悲鳴は虚空の中に消えていくことでしょう。

私がエドワードに会ったのは彼が来ていたとき一回だけで、後は会っていませんから、彼は出発したに違いないと思い始めていました。彼がいないことは直接の危険が取り除かれたことを意味するので、この確信はある程度満足すべきものでした。エミリーも遠回しながら同じ結論に達したが、十分な根拠がないわけではなかった。帰省すると思われていたちょうどその時、エドワードの黒馬が一日中そして夜も一部は実際に城の厩舎にいたことを何とか間接的に知ったからです。その馬がいなくなったので、彼女の言うように、その乗り手も一緒に出掛けたに違いありません。

この点が既に解決したので、私の不安は少しばかり減少しました。ある日、ひとりで部屋にいる時、私はたまたま窓の外を見ると、言いようもなく恐怖に駆られたことには、反対側の窓を通して、従兄のエドワードの顔が見えたのです。邪悪なものが形を取っているのを見て、私はこれほど胸の悪くなる嫌悪を感じたことはありませんでした。私はまりにも驚いて、窓際からすぐには動けませんでしたが、彼の眼に止まらぬうちにそうすることはできました。彼は窓が面している狭い四角形の土地をじっと見下ろしていました。私は見られぬように後ずさり、その日の残りは恐怖と絶望のうちに過ごしました。その夜は早く部屋に引き下がりましたが、あまりにも惨めな気持ちで眠れませんでした。

十二時頃、とても神経が高ぶって、私は従妹のエミリーを呼ぶことにしました。覚えているでしょうか、彼女は隣の部屋に寝ていて、その部屋は二番目のドアで私の部屋と通じているのです。この秘密の入り口から私は彼女の部屋に行き、難無く彼女を説得して私の部屋に戻って一緒に寝ることにしました。こうして、私たち一緒に横たわりました。彼女は着替えていましたが、。私は一瞬、一瞬、部屋の中を歩き回り、休んだり、安楽にするにはあまりにも神経が高ぶり、みじめな思いをしていましたので、服を着たままでした。エミリーは間も無く深い眠りに落ち、私は横になったまま、朝の最初の光を切望しつつ、古時計の音をいつ六時になるかとじれながら数えて起きていました。

一時頃だったに違いありません。エミリーの部屋と私の部屋の仕切ドアに。誰かが錠前を鍵で開けているみたいな、かすかな音が聞こえたような気がしました。私は息を呑みました。同じ音は私の部屋の、ロービーに通じているもう一つのドアでも繰り返されました。その音は、明らかに錠前の中でボルトが回るときのものでした。続いて、錠前が大丈夫か確かめるかのようにドアそのものを軽く押す音がしました。用心深くその上を歩く人の重みで生じたかのように、ロビーの床がきしむのが聞こえました。私の想像力はそれ自体はっきりしない物音をくっきりと浮かび上がらせました。ロビーをゆっくりと戻っていく男の息づかいを本当に聞いたような気がしていました。


足音は階段の天辺で立ち止まったようでした。私ははっきり二言、三言素早くつぶやく声を聞きました。明らかに前より不用心に階段を降りて行く音がしました。私はそっと急ぎ足でロビーに通じるドアのところまで行き、開けてみようとしました。ドアは本当に固く外側から施錠されていました。もう一つのドアも同様でした。恐ろしい時がやって来たと私は思いましたが、まだひとつ捨て身の手段が残っていました――エミリーを起こして、二人で力を合わせて、二つのうち弱い方の仕切りドアを破ることです。そこを通って建物の下まで行けば、そこから地上に逃げることが、村まで行くことが可能です。私はベッドに戻り、エミリーを揺さぶりましたが無駄でした。どうやっても彼女からはとりとめの無い言葉を引き出せるだけで� ��た。死んだように眠っていたのです。きっと何か催眠剤を飲んだのでしょう。私たちに提供される食べ物や飲み物の全てを徹底的に調べていたにも拘わらず、私もおそらく飲まされていたのでしょう。私は、できるだけ音をたてないように、ドアのひとつを破ろうとし、また別のを試しましたが、効果はありませんでした。私は、どのドアも内側に開くので、どんな力を加えても駄目だと思いました。そこで、私は動かせる物を全て集めて、外からの侵入を防ぐ私のどんな試みにも助けとなるように、ドアの前に運んで積み上げました。それから、ベッドに戻って、従妹を起こそうとまた努力してみましたが、効き目はありませんでした。これは眠っているのではなく、麻痺、無気力、死でした。私は跪いて苦悶に満ちた祈りを熱心に捧� �ました。そして、ベッドに坐ると、凄まじい平静さの中で自分の運命を待ちました。

既に述べた狭い中庭にはから、何か鉄製の道具が石か土を掬うときのような、カチャンというかすかな物音が聞こえました。初め、自分を取り巻いている静寂を、私の命を狙っている人たちのすることを意味も無く見張ることで妨げまいと思いましたが、物音が続くにつれ、怖い物見たさが他の感情を圧倒し、私は何としてもそれを満足させようと決めました。そこで、私の頭が窓敷居の上にできるだけ少ししか出ないように、私は窓際まで膝で這っていきました。

月は輝いて、古い灰色の建物に不確かな光を投げ掛け、その下の狭い中庭を斜めに照らしていました。だから、片側ははっきりと照らし出されていましたが、反対側は朦朧としていて、最初は古い破風の鋭い輪郭と垂れ下がった蔦の叢だけが見えていました。私の好奇心を引き起こした物音をたてたのが誰であれ、また何であれ、四角形の暗い側の物陰に隠れていました。私は手を眼の上にかざして、殆ど眼も眩むばかりに輝いている月の光を遮り、暗闇の中を覗き込みました。最初はぼんやりと、そのうち次第に、殆どくっきりと人影が壁際にざっとした穴を掘っているようなところが見えてきました。何かの道具、おそらくシャベルかツルハシがその傍にあり、地面の具合によって時々それを使っていました。彼はその仕事を手早く、� ��きるだけ音をたてないように続けていました。「そうか」シャベルの一杯、一杯ごとに掘り出された土は山になっていくのを見ながら、私は思いました。「二時間もたたないうちに私が冷たい、切り苛まれた死体になって横たわる筈の墓を掘っているんだわ。私は彼らの手の内 にあるのだ――逃げられないのだ」 自分の理性が消え失せる思いでした。私は跳び上がると絶望のあまり二つのドアをそれぞれ試してみました。全神経を張りつめ、渾身の力を込めて建物自体を土台から揺り動かそうとしました。身体を狂ったように床に投げ出し、自分に群がるおぞましいイメージを閉め出すかのように、両手で眼を覆いました。

発作は治まりました。私はもう一度、死の時が迫りそれを避けられない人のように、激しく、苦悶に満ちた思いで熱心に祈りました。立ち上がると、もう一度窓際に行って外を除きましたが、ちょうどその時、黒い影がこっそりと壁を滑るように動いているのが見えました。あの仕事は終わったのです。悲劇的な惨事が間もなく達成されるに違いありません。私はすぐに自分の命を最後まで守ろうと決心しました。何とかそうしようと、私は武器になる物を求めて部屋の中を捜しましたが、偶然か、それともそのような場合を予期してか、そういう目的に使えそうな物は全て取り除かれていました。

私はおとなしく身を守ろうともせず死ななければならないのです。ある考えが突然浮かびました。暗殺者が部屋に入るためにドアを開けておいたに違いありませんから、そこから逃げることはできないでしょうか?私はやってみる決心をしました。部屋に入るのに使われるドアがロビーに通じるものなので、私は安心しました。これは明白な理由で、他のドアよりも邪魔される惧れが少ないばかりでなく、より直接的な逃げ道でした。そこで、私は壁の突き出たところの後ろに身を置くことにしました。影が完全に私を隠してくれますし、ドアが開いた時には彼らがベッドにいる人の正体に気づく前に、音もなく部屋から這い出て、神意に従って逃げることができます。この計画を容易にするため、私は自分でドアの前に積み上げた材木を� ��部どけました。この準備を殆ど終えたとき、窓に暗い物体が近づいて部屋が急に暗くなったのに気づきました。その方向に眼を向けると、窓の上部に、上からぶら下がっているかのように、最初に足が、次いで脚が、次いで身体が、最後に男の全身が姿を現しました。それはエドワード・ティレルでした。彼は、窓の下部を占めている石塊の真ん中に脚を置くように降り方を調整しているようでした。そこに足場を得ると、彼は跪いて部屋の中を覗き込みました。月光が部屋の中に差し込み、カーテンは引いてあったので、彼はベッド自体とその中にあるものを見分けることができました。彼はこの下調べに満足したようでした。顔を上げて、手で合図をしましたから。それから、彼は窓枠に手を当てました。窓枠はこの目的のために巧� �に作られていました。見たところ何の抵抗も無く、窓その他を含む枠全体が壁の定位置を外れ、彼の手で部屋の中に下ろされました。冷たい夜の風がベッド・カーテンを波打たせ、彼は一瞬動きを止めました。全てがまた静寂に戻り、彼は部屋の床に飛び降りました。彼は、柄の長いハンマーのような形をした鋼鉄の道具を手に持っていました。これを彼は少々後ろに傾けて持ち、爪先立ちで大きく三歩踏み出して、ベッド脇にやって来ました。もう気づかれるのではないかと私は思いました。私は、彼が驚きと落胆を呪詛にして吐き出すのを予期して一瞬息を止めていました。私は眼をつぶりました。彼は静止しましたが、それは長くはありませんでした。二つの鈍い打撃が続けざまに聞こえました。眠っている人の、小刻みに震えるた め息、長く尾を引く重い呼吸は永遠に留められました。私が眼を開けると、殺害者はキルトを被害者の頭に投げ掛けていました。そして、彼はまだ凶器を手にしたまま、ロビーへ通じるドアに向かって行き、それを鋭く、二、三回叩きました。速い足音が近づき、外から何かを囁く声がしました。エドワードはぞっとする笑いを浮かべてそれに答えました。「お姫様は不平をやめられました。怖くて入れないのでなければ、いいから、ドアの鍵を開けて、彼女を窓から出すのを手伝ってくださいよ」錠前の中で鍵が回り、ドアが開いて、叔父が部屋に入って来ました。エドワードが窓から入って来た時、私は本能的に身を縮めて床に屈んでいました。叔父が部屋に入って来た時、彼と息子は二人とも私にとても近いところに立ったので、彼� ��手は毎瞬間私の顔に触れそうでした。私は息を止めて、死んだようにじっとしていました。

「隣の部屋から邪魔が入らなかったか?」 叔父が言いました。

「いいや」 と簡単な答え。

「宝石を確保しろ、ネッド。フランスのハーピー*がそれに爪をたてんようにな。お前はしっかりした手をしているよ、本当に。あまり血は流さなかったような、ええ?」

   *ハーピーはギリシャ神話に出てくる、顔は女性で体は鷲という怪鳥。イアーソンに捕獲されました。

「二十滴も無いよ」 息子が答えました。「キルトの上にこぼれてる」

「終わってよかった」 叔父がまた囁きました。「儂らはこの――この物を窓から出して、がらくたを掛けなきゃならん

そして彼らはベッドの方を向き、ベッドクロスを死体に幕と、二人でゆっくりと窓際に運び、下にいる者と二、三、簡単な言葉を交わすと、それを窓敷居越しに押し出しました。すると、それがどさりと下の地面に落ちる音が聞こえました。

「儂は宝石をいただく」 叔父は言いました。「下の引出に二つ箱がある」

彼は正確にその手を私の宝石があった、まさにその場所に置きました。これは、私がもっと落ち着いていたら、驚きの種となったでしょう。宝石を手にすると、彼は息子を呼びました。

「ロープは上でしっかり結びつけたか?」

「僕は馬鹿じゃないよ。間違いなくしっかりしてる」 彼は答えました。

そして、彼らは窓から降りて行きました。私は、殆ど息をつこうともせずに、隠れていた場所からそっと用心深く立ち上がりドアの方に這って行きましたが、その時、叔父が鋭い囁き声で叫ぶのが聞こえました。「もう一度上がれ!こん畜生め、ドアに鍵を掛けるのを忘れているぞ」上から下がっているロープの張り具合から命令が即座に実行されたことがわかりました。一秒たりと無駄にはできません。私は閉めてあっただけのドアを通り抜けて、できるだけ速く、辺りの静寂を破らぬように、ロビーに沿って移動しました。それほど行かないうちに、いま通ったばかりのドアが荒々しく内側から施錠されるのが聞こえました。角ごとに殺人者かその共犯者に出会わないかと恐怖におののきつつ、私は階段を滑るように降りました。ホー� ��に辿り着き、一瞬耳を澄まして辺りが全て静かかどうかを確かめました。何の音も聞こえません。庭園に面したパーラーの窓が開いていました。その一つから簡単に逃げられるかも知れないと私は思いました。そこで、私は急いで中に入りましたが、驚いたことに部屋の中には蝋燭が燃えていて、その灯りでディナー・テーブルに向かって坐っている人の姿が見えました。テーブルの上にはグラス、瓶その他の飲酒パーティに伴うものがあり、テーブルの周りには二、三脚の椅子が、坐っていた人が慌てて立ち上がったように、不規則に並んでいました。一目見ただけで、その姿が私の付き添いのフランス人であることを知るには十分でした。彼女はおそらく、たっぷり飲んで深く眠っているのでしょう。ちらちらする蝋燭の炎にほの暗� �照らされた、この悪い女の静かな容貌には、どこか悪意と気味悪さがありました。テーブルの上にナイフが一本あり、恐ろしい考えが私の頭に浮かびました――「この眠っている殺人の共犯者を殺したら、そして私の逃亡を確保したら?」これほど簡単なことはありません。彼女の喉をナイフで引くだけのことですから、一秒で事は片付きます。

一瞬のためらいが私を正しました。「いや」 私は思いました。「私をこうして死の影の谷間を越えて導いてくれた神様がいま私を見捨てることはない。私は彼らの手に落ちるか、ここから逃げるかだが、血を流すことは避けなければなければならい。神様のご意志のままに」こう考えると自信が湧いてくるのを覚えました。説明のしようのない安心感が。ほかに逃げる方法はありませんので、私はしっかりした足取りで気を確かに窓の方に進み出ました。音も無く横木を引き、シャッターを上げ、窓を押し開け、後ろを振り返ることなく全速力で、足下の地面を殆ど感じることもなく、並木道を走り、境を作っている草むらを見失わないように気をつけていました。一瞬たりと速度を緩めることなく、私は庭園の門と住居との中間点まで来ていました。ここで並木道は大きく湾曲して� ��ますが、私は遅れないように馬車道に取り巻かれている滑らかな芝生を横切って、また踏み慣らされた道に出るべく、反対側にある一群の古い樺の木でそれとわかる一点を目指していました。その道はそこから何とか門に向かっていました。私が全速力で広い芝生の半ばまで辿り着いた時、駆け足の馬蹄の音が私の耳を打ちました。心臓が胸の中で膨れ上がり、息が詰まりそうでした。駆け足の蹄の音が近づいて来ました。私は追われているのです。彼らはいまや私が走っている芝生の上に来ていました。身を隠す藪も茨もありません。逃走を全く絶望的にするかのように、それまでおぼろげだった月がこの瞬間に輝きだして照りわたり、あらゆるものがはっきりと映し出されました。物音はいまやすぐ後ろまで来ています。私は夢の中� �私をうろたえさせた戦慄に膝が崩れるのを感じました。よろめき、つまづいて、倒れました。同時に私の不安の原因が全速力で私の傍を駆け抜けました。それは庭園に放ち飼いになっている若駒の一頭で、その戯れがまさにこうして私を恐怖で気も狂わんばかりにしたのです。私は這い上がり、弱々しいが速い足取りで走り続け、私の運動仲間は、私がやっと息も絶えだえに門に辿り着き、無我夢中で踏み越し段を越えるまで、私の回りをじゃれたり、突っかかったりしながら駆け続けていました。私は、墓場のように静まりかえった村の中を走り抜けているところを、夜警のしゃがれ声に呼び止められました。「そこを行くのは誰だ?」私はもう安全だと思いました。私はその声の方を向き、気が遠くなって兵士の足下に倒れました。気 がついた時、私はみすぼらしい掘っ建て小屋の中に坐って、好奇心と同情を露わにした、見たことも無い顔に取り囲まれていました。多くの兵士たちもそこにいました。実際、後になってわかったことですが、そこは、その晩その町に駐屯した中隊の分隊が衛兵詰所にしていたのです。短い言葉で私はその士官に起こった状況を知らせ、殺人に関わった人々の人相風体も描写しました。彼は、必要以上に時間を無駄にせず、治安判事の参加を確保し、一群の人々を引き連れてカリックレーの城に向かいました。しかし、悪人どもは自分たちの誤解に気づき、軍隊の到着する前に逃亡を終えていました。

しかし、そのフランス女性は翌日近所で逮捕されました。彼女は、取り調べを受け、次の巡回裁判に掛けられましたが、処刑の前に「ヒュー・ティスドールのベッドを整えるのに関与していた」 と告白しました。彼女は、当時、城の家政婦で叔父の愛人 でした。彼女は、実のところ、英語を母国語のように喋ることができましたが、フランス語しか使いませんでした。これはその計画を容易にするためだったと思われます。彼女はその人生と同様にひどく惨めな末路を迎えましたが、自分の犯行だけを自白しましたが、そうすることで、その罪と惨状の作り手でいまや嫌悪を抑えられないサー・アーサー・ティレルを巻き込むだろうと思っていました。

サー・アーサーとその息子の逃亡について、知られている限りのことはご存じでしょう。その後の運命についても。凄まじい、途方もない報いが、長い年月を経た後に、彼らを襲い打ちのめしました。神がその作り給うた物を取り扱う仕方は不思議で予測もつきません。


私は、自分の救出について、いつも神様に深く、熱意を込めて感謝してきました。神意による出来事の連鎖、その鎖の輪のひとつでも欠けていたら私は破滅していたでしょう。苦い、殆ど苦悶に近い思い以外の感情でそれを振り返ることができたのはかなり経ってからのことです。いつも本当に私を愛してくれた存在、いつも同情し、相談相手になり、助けてくれた私の最も近しく親しい友人、最も陽気で、最も優しい、最も暖かい心の持ち主、私を気に掛けてくれた地上で唯一の人、彼女の命が私の救出の代償だったのです。だから、私は私の長い、悲しみに満ちた人生のどの出来事も消すことを教えてくれなかった望みを口にします。彼女の命が助けられ、その代わりに、私が墓の中で忘れ去られ、平安のうちに朽ち果てることを。

 

 

 

 

 

(了)

 



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